
「あの人は見える人だから」「あの占いはよく当たるから」── そう言われると、なんだかすごい力のように感じます。
霊能力に憧れたことのある方もいれば、霊能者や占いに通ってみたものの、どこか釈然としないものを感じた方もいるかもしれません。
ここで、最初にお伝えしておきたいことがあります。
霊能力があることと、霊性が高いことは、別のものです。
このページでは、神通力(霊能力)とは何か、なぜそれにとらわれると危ういのか、そして本当に大切な力とは何かを、できるだけ分かりやすくお伝えします。
神通力とは何か
神通力とは、仏教でいう超能力・霊能力のことです。
見えないものが見える。聞こえない声が聞こえる。人の心が分かる。そうした力をまとめて、神通力と呼びます。
神通力は、大きく6つに分けられます。これを六神通といいます。
六神通 ── 6つの神通力
| 名称 | はたらき |
|---|---|
| 神足通 | 瞬間移動・テレポーテーション |
| 天耳通 | 聞こえない音を聞く力(霊聴) |
| 他心通 | 他人の心を知る力 |
| 宿命通 | 自分の過去世や未来を知る力 |
| 天眼通 | 見えないものを見る力(透視・霊視) |
| 漏尽通 | 煩悩が尽き、平常心のまま真理を知る力 |
この6つのうち、最後の漏尽通だけが、ほかの5つとは性質が大きく異なります。その理由を、順にお話しします。
惑わされてはいけない、5つの力
漏尽通をのぞく5つの神通力は、実は、修行半ばの人でも得られることがあります。真理にまだ気づいていない段階の人にも、現れることがある力なのです。
見えないものが見える。聞こえない声が聞こえる。人の心が分かる。
たしかに、魅力的に感じるかもしれません。けれど、これらは高い霊性を必要としない力であり、霊性向上の目的でもありません。
むしろ注意が必要なのは、こうした力を「すごい」「素晴らしい」と思ってしまうことです。その力を高く評価するほど、その力が持つ霊性に、自分の霊性が引っ張られてしまうことがあります。
その力は、どこから来ているのか
神通力・霊能力には、その力が「どこから来ているか」によって、いくつかの種類があります。
背後霊から与えられている場合
霊能者のなかには、その人自身の力ではなく、背後にいる存在 ── 私たちが行者さんや霊神さんと呼んでいる存在 ── から与えられている場合があります。
この場合、その人の霊性は、背後にいる存在の低い霊性の影響を受けています。
背後霊の力を使い、人を導いたり、相談や施術をすると、受ける側もまた、その低い霊性の影響を受けてしまう危険があります。
霊能者や占いに通って「体調が悪くなった」「どこか違和感を覚えた」とき、その感覚は、こうした影響を感じ取っているのかもしれません。
自己能力の場合
一方で、その人自身の力として、霊的な力を持っている方もいます。見えない世界の情報を感じ取る力の強さ、想像力の強さが、そうした素質として現れることがあります。
ただし、こうした力を「求めること」を、神仏は好みません。
私たちがアストラルと呼んでいる、霊性の低い層の情報を好んで扱っていると、より高い神域の情報を扱うことが、かえって難しくなっていきます。
霊性の本当の価値に気づいた人は、力に頼ることを、自ら控えていきます。
本当に大切なのは「漏尽通」
では、6つのうち漏尽通だけが特別なのは、なぜでしょうか。
漏尽通は、正しい信仰を持ち、正しい修行を重ねて霊性を高めた、その先に現れる力です。
一瞬で手に入るものではありません。長い時間をかけた、地道な修行の積み重ねの結果として現れてくるものです。
漏尽通とは、煩悩にとらわれず、平常心のまま、神意をうかがい知る力です。自分の欲を満たすために使おうとしても、答えは返ってきません。
神通力を得ることは、目的ではありません。霊性を高めるために、神通力があるのです。
ご法とは
私たちの学びには、「ご法」という奥義があります。
ご法とは、神仏に問いかけて、答えを教え導いていただくもので、漏尽通の一つです。
ご法は、私利私欲のために使うものではありません。霊性向上のため、自分や学ぶ人の成長のため、そして人の苦しみに対処するために用います。
ご法によって霊性の中身をうかがい知り、神仏のお導きをいただきながら、その人に合った修行の道を考えていくことができます。
「3つの霊性」でお話しした霊性の中身は、このご法を通してうかがい知っているものです。
→ 3つの霊性 ─ 今の霊性・適正霊性・求められている霊性
霊能力は、求める力ではない
ここまで読んで、「でも、力のある人は、霊性が高いのでは」「すごい力を見せられたら、信じてしまいそう」と思われたかもしれません。
確かに、その気持ちは分かります。けれど、霊性の高い人は、術をひけらかしません。「見える」「当たる」と力を見せることよりも、魂を育てることのほうが、ずっと大切だと知っているからです。
反対に、「自分は特別だ」「一瞬で目覚めた」と語る人には、注意を向けてください。霊性の高い人は自分を大きく見せる必要がありません。修行の途中で得た力を悟りと勘違いし、道を外れてしまうこと ── これを「魔に堕ちる」といいます。
独学で進むことの危うさについては、別記事でもお話ししています。
→ 独学で霊性を高めるのが難しい理由
そもそも、漏尽通をのぞく神通力は、求めたり、頼ったりするものではありません。
ですから、学ぶ相手を選ぶときに見るべきは、その人に霊能力があるかどうかではありません。謙虚に、地道に修行を続けている人かどうかです。
そして、これは他人を見分けるためだけの話ではありません。
自分自身の中に、「力が欲しい」という気持ちがないか。もしあれば、責めるのではなく、静かに手放していく。それも、修行のひとつです。
結びに ─ 力ではなく、魂の成長へ
神通力は、霊性向上の道を歩むなかで、結果として現れてくることがあります。けれど、それは目的ではありません。
本当に大切なのは、見える・聞こえる・当たる、といった力ではなく、魂が成長していくこと ── 霊性が高まっていくことそのものです。
人は誰でも認められたいものです。力に惹かれる気持ちは、誰の中にも、ふと生まれることがあります。それは、責められるようなことではありません。けれど、その気持ちのまま力を求めていくと、道を外れてしまいます。惹かれる自分に気づいたら、静かに手放していく ── それもまた、霊性向上の道の一歩です。
霊性の全体像については、「霊性とは何か ─ 目には見えない魂の話」でもお話ししていますので、合わせてご覧ください。